「彼女」









別段に自分の今の人生に不満が有る訳じゃなかった。
一流ではないけれど人に言えばああ、あそこねと言われるくらいの大学を出て、
就職もこれまた似たような知らない人は多いけれど商品名を出せば知ってる知ってると言われるような会社入った。
仕事の方も問題無かった。
営業と言う神経を使う仕事で日々疲れはしていたが、もう三年目に入ると慣れも出るので苦痛ではなかった。
それにようやく出来た後輩達にも情け無い姿は見せられない。
プライベートでいけば…まぁ、恋人なんて良い物は居ないのだが、暮らしぶりは同じ年代の奴等に比べれば少しは上なんじゃないかと思っている。
そこが今のところの挙げる事の出来る数少ない自慢の一つだ。
金に困ってる訳じゃないし、仕事で失敗もあまりしなくはなってる(まったくしない訳じゃない)
そうそう、友達も多いのも救いだ。
今、付き合ってる仲間には中学の頃からの奴を含め学生時代一緒にバカやってきた奴等が居る。
俺らの最近よく使う言葉は「まさかこいつとこの年までバカやってるとはな〜」だ。
今でもたまに土曜の夜に集まり、誰かの家で飲み明かしたり、カラオケなんか行って騒いでる。
これも自慢の一つだ。彼らとの時間が無ければ仕事も嫌になってたかもしれない。
そう不満なんてまったくない。
むしろ望む物が浮かばない時だってあるくらいだ。




「あ…」
「え?……あっ」
俺が素っ頓狂なマヌケ声をあげた時にはもう既に目が完全に合ってしまっていた。
この状態。逃げ出そうとすれば出来なくもない。ただ、視線を横にずらし通り過ぎてしまえばいい。
「…久しぶり」
「う、うん」
だが、俺はそうはしなかった。目を合わせたまま彼女に再会の挨拶をした。
不器用だけど笑顔だったと思う。
それは、旧友にあった大人の社交辞令というモノと過去の思い出から逃げるような自分を嫌ったという二つの理由からしたと思っている。
恐らく間違っていない。
彼女は浴衣だった。あの時と同じ物とまではいかないがその思い出の服装が過去の映像の彼女とぴったり重なった。




その時、俺は実家に戻っていた。
実家と言っても川で小鮒が釣れるような田舎じゃない。
駅の方に行けば工場地帯からはあからさまに有毒そうな煙が立ち込めてる。
もちろん兎なんか追えやしない。いるとしたら小学校の飼育小屋の中だ。
まぁ、そんな中途半端に開発された地元に戻り、貯まりに貯まった有給の無駄遣いをしていた。
ようするにごろごろしていたわけだ。
ここなら飯の心配もない。衣食住全て揃っているのだから。
ま、当然のごとく昔から口うるさい母さんにはぶちぶちと文句を言われたが…。それは許してもらおう。
何故ならお盆休みと繋がるように取った休暇の為、素敵な程長期休暇だった。
故に、時間を持て余し、何をして良いか分からない。
地元の奴等に会いに行くのが良いのだろうけど…当然の如く皆さん都会に出払ってました。
「暇なのはお前ぐらいだ!このご時世にそんな休暇貰いやがって!この裏切り者ぉ」
泣きそうな声で怒鳴られると結構切ない事がわかったのは収穫。ざまぁみろっと。
で、来たのが祭りの話。いや、盆踊りだったな。




「…なんか聞こえない?」
ドンドンッと軽快なリズムがようやく蝉の鳴き止んだ外から聞こえてきた。
「ん?…ああ。今日は盆踊りなのよ」
「へぇ〜。懐かしいねぇ〜」
台所で夕飯の仕度をしていた母さんがカレンダーを覗き込みながら答えたの聞いてそう言った。
「…あんたも数年前まで行ってたでしょうが。そこまで懐かしがらんでも」
「ん〜じゃあ、行ってくるかな?」
呆れ声を聞いていながらも自分の中で何か込み上げる好奇心があったのでそう決めた。
「いいんじゃないの?行ってきなさいよ。…何その手?」
「お小遣いプリーズ」
「アホ…さっさと行きなさいよ、邪魔邪魔!」
差し出した手を払われ、再び仕事に戻る母さんから離れ玄関へ渋々行く。
「じゃあ行ってくるー」
「帰りはー?」
「適当〜!」
「気をつけなさいよ〜」
学生の頃となんら変わりない返答をして、玄関に置いてあった携帯と財布、タバコとライターを持って出た。
持ち物は変わったな…。




「ホント久しぶり」
「そうだね。いつ帰って来てたの?」
再会して二往復程度の会話のやり取りしかしていなかったが、俺らは酷く自然な会話になっていた。
一番仲の良かったあの頃の会話をしようとしていたのだろう、二人とも。
それは間違いじゃなかったと思う。
「先週。そっちは?」
「…私は、ここ出て無いんだ」
彼女の返答の躊躇いは今思えば知らなかったの?と言う悲しみに近い表現だったとも取れるけど、それは俺の都合の良い解釈だろう。
「そうなのか…仕事は?してない?」
「ううん。駅前で事務の仕事してるんだ」
「へ〜、事務のお姉さんね〜。良いね」
「そういうとこ変わってないね…」
「まあな」
彼女は嬉しそうに呆れたような顔した。その表情は変わってなかった。
いつも暴れて、バカやって、彼女にちょっかいを出していた俺をいつも見てくれていた表情と同じだった。
「お前も変わってない…」
「そう?」
「全然な」
お約束のように視線を顔から30度ほど下げ言った。当然照れ隠しも含めだ。
「ばか!」
「…ふぅ。期待してた俺がバカなのは認めよう」
「最低」
「懐かしい響きだ…」
「喜ぶな!」
まったく変わらない。お互い無理をしてるのは完全に分かっていたけど、こういう会話が出来るのは嬉しかった。
あの頃がちゃんと自分達に残ってるから出来ることだ。
でも…逆に言えば大人になり変に冷静、自分を偽る事に長けたからこそ出来るとも言えた。
会話している途中は完全なプラス思考で捉えていたけど。
彼女はどうだっただろうか?頭の良い人だったから気付いていたかも知れない。




彼女が好きだった。
断言できる。
少し抜けたところは有ったけど、真面目で、賢かった。
性格面では未だに彼女を超える人に会った事は無い。
自分の好きな人だったから美化されてるとかそういうことはないと思う。
彼女を知る女友達に聞けばそれは間違いなかった。
そして、女友達は彼女に近い者程俺を嫌っている。
当然だ。
学生の頃付き合った人数は三人。
自分はそれほどモテる人物ではなかった。
一人目は彼女。二、三人目は大学でのサークルの先輩と後輩だ。
先輩とは今も良く飲みに行き(連れてってもらってる?)、後輩の子とは良い友達だ。メールなんかでやり取りは多い。
別れ方もいずれも、卒業が原因で会える回数が激減したから。
お互いが嫌いになって別れた訳じゃなかったから今も仲が良いのだ。
彼女だけだ。別れた後音信不通になり、嫌われたのは。
さっきの言葉を訂正しよう。
今でも彼女が好きだ。
未練たらしい言葉に聞こえるかもしれない。でも、嘘じゃない。
だから…




「で、どうする?せっかくだから…一緒に見て回ってくんない?」
「え?」
明らかに詰まった彼女。
予想もしていなかったのだろう。
「……」
期待はしていなかったと言えば完全な嘘だ。しまくってた。
「待ってて」
彼女はそう言うと手に持っていた巾着袋みたいな物から携帯を取り出し何処かに掛け始めた。
「……あっ、私。うん。…え!あ、そうなんだ。うん、別にいいよ。じゃあ、来年は約束ね。…うん、は〜い。じゃあね〜」
ピッ
電子音共に彼女がこちらを向いた。
実はこの時盆踊りの太鼓の音が凄まじく響いていたのだが、その携帯を切る音は何故か良く聞こえた。
「君はついてるね〜。佳奈美は来れないそうです」
「かなみ…?ああ!あいつか」
顔は出てきたけどぼんやりとしていた。席が隣だった事もあったはずなのに。
「と言うわけでよろしく」
「ああ…ところで」
「うん?」
「佐伯さんが来るって言ってたら?」
「…私が行けなくなったって言って謝ってた」
「サンキュ」
素直に礼を言った。暗くてよく分からなかったけど、少し顔が赤い彼女がいた気がする。
「リンゴ飴ね」
「了解」
久しぶりに彼女と手を繋いだ。もう一生無いと思っていたが…。




そりゃあ酷い事した。
一生の中で最大の罪だと自負してる。
何度自分を殴った事か。何度自分を罵倒したことか。
精神が成長する度に幼かった自分に嫌気がさし、軽蔑し、そして悔しかった。
俺は彼女を傷付けたんだだろう。
そう思ってるのは自分だけかも知れないのでそういう言い方にしておく。
彼女の方は気にもしてなかったかもしれないのだから。彼女はああは言ってたけど…。
曖昧な態度を取り、気持ちを最低の言葉で言うならば、弄んだ。
…子供だった。そう言えば楽かもしれない。
でも、アレは俺だ。確かにああいう自分があの時いて、そういう選択をしたんだ。
自分の好きな女の子を、試すような事をして、傷つけ…。
相手が自分の事を好きだと言ってくれた事を利用して、
それを実行したのは俺だ。




「…下手だな」
「う、うるさい!じゃあ、あんたやりなさいよ」
「やってるじゃん」
四個の水風船のヨーヨーを目の前にぶら下げて見せた。
彼女の指には捻りよった紐状の紙があった。本来先に付いてるフックがなかったが。
「…一個ちょうだい?」
「200円になります」
屋台の看板を指差し言ってやった。お店のおじさんは苦笑い。
そのおじさん。
「ねえちゃん。ほらよ!」
「え?…あ!ありがと〜」
事もあろうに水に浮いてた風船を掴み彼女に差し出した。
そして、その時思い出だしていた。
「「…一個も取れないとおまけでもらえるの忘れてた」」
一人は明るい声で、一人は悔しそうに。おじさんの苦笑いの理由はコレだった。
「ふふ〜ん♪」
「上機嫌だな」
「当たり前でしょ〜」
右手で水風船をパシャパシャと上下に躍らせながら左手ではリンゴ飴を持ち、美味しそうに舐める彼女。
「しっかりしてるよ…」
ちなみに報告しておくが彼女は目的のリンゴ飴に到達する前に焼きソバ…たこ焼き、カキ氷、練り飴、相当数の戦闘を行っていた。
「…う〜ん、満足した。少し休もう?」
「そうさせてもらおう」
二人は同意して会場の広場を離れて少し歩いた先にある公園に向った。




「ふぅ〜、ちかれた」
「情けないね〜。あの頃も体力はなかったね?」
ベンチにドサッと座った俺に対して、対極的に静かに腰を下ろした彼女は言った。
「まぁね」
「…そういえば」
一呼吸入れた。
「あんたと盆踊り回ったのって初めてだよね」
「ああ」
「…」
「……謝った方がいいよな?」
「……」
「悪かった。許してもらえるとは思ってないけど、本当に済まなかった」
目的は達成された。俺は彼女に面と向かい頭を下げた。許される事が目的ではもう無くなっていた。
自己満足で良い。ただ、出来なかった事を、ずっとしたかった事を実行できた。
「私は…楽しかったよ」
「…俺も楽しかった」
「学校で君とふざけ合った日も、帰り道皆の目を避けて一緒に歩いた事も」
彼女は空を見ていた。
公園には備え付けの電灯があり結構明るく照らしていた。おまけに住宅街の為家の明かりも多い。
星はそれほど見えない。
「今日も楽しかった。昔の君と一緒に居れた気がした。あの時したかった事もできた気がする」
彼女は立ち上がった。
「私は君を許さないよ。でも、最低の君を心に留めて置くほどもう優しくは無いよ」
彼女の表情の変化はまったく見られなかった。俺を見るいつもの顔だった。
「じゃあ、帰るね。バイバイ」
「ああ、気をつけてな」
「大丈夫、うち、そこだから」
「知ってる」
「うん、じゃね〜」
彼女は手を振って帰って行った。下駄がアスファルトの地面に打ち付けられカランコロンと鳴るのを聞きながらタバコを一つ取り出して吸った。
酷くまずかったのは言うまでも無い。
元々俺はタバコが大嫌いだ。




もう二度と彼女に会うことは無い。
あの盆踊りに会った事で確信したことがある。
彼女が俺の存在を認めるのはあの時以前の俺。楽しかった頃の俺だけだ。
それ以後の俺は彼女の中で存在するのは許されていない。
彼女は現在の俺にすら興味を抱かなかった。
抱いたとしても昔の俺のとの共通点のみ。
それでいいと思う。俺自身がそうだったから。
結局は俺もあの頃の彼女に会いたかっただけだったんだ。
思い出にすがり、良かった頃にもう一度挑戦したかったんだ。人生最大の後悔をする前に戻りたかったんだ。
二人ともが思い出の人物を演じたに過ぎない。
現在の彼女なんか俺は一瞬も見なかった。

あの時出会った事に意味はあったか?

もう一度書こう。
俺は今の人生に不満なんて無い。


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