運び屋さんのお仕事
「やっぱり人が亡くなるってのは悲しいことなんだよ…ね?」
「…だろうな。その人に永遠に会えなくなるって事といつかは自分もこうなるって暗示も含み、死、それはとても悲しいものなんだろうさ」
いつも通りの仕事帰り。
その光景を見下ろしながら友人である彼と会話する。
いや…友人と言うのも語弊があるのかもしれない。相方、パートナーと言った方が適切なのかも。
彼は多分僕をそういう位置づけで見ているはずだから。
「それに…大事な、最も愛しい人物の命が奪われた場合もちろん奪った対象を恨むよね」
「そうだな」
眼下の光景を見つめながら即座に静かに彼は答えを返す。
「だけど、あちらさんはこっちの事なんか知りもしないし今回の場合実際にその彼の命を奪ったのは事故だしな」
「でも、肉体にしがみつく彼の魂を切り取ったのは僕たちだよ?」
「仕方ないだろう。放って置けば後々面倒な事になるんだから。なまじ力を付けられでもしたら彼女が危なくなる事だってある、まぁそれ以前に後々の俺らの処理が面倒になるってのは大前提条件だが」
言葉の内容や口調には色々と問題はあるけど彼の自分の仕事に対する責任は強く感じるし、被害への心配も真剣なものだと思う。
彼はそういう人なんだ。今思えば上の人達は僕と彼のそういう所の折り合いが上手くいくと知って組ませたんじゃないだろうか。
いや、多分それは考えすぎだね。彼らは組み合わせぐらいなら本気でくじ引きで決め兼ねない種族だし。
ま、彼と僕が長いこと上手くやってこれたのは事実だからくじ引きでもなんでもそのめぐり合わせには感謝しよう。
だから…たまにはこういう話もしてみたいんだ。長い付き合いだからこそ。
「奇麗事を言ってても……もし彼女が僕らの存在を感知できたら、それは酷い憎悪の念を受けそうだけど」
「はぁ。でも俺らがそういう事言ってたらキリ無いでしょうが。この後も無限とも言える死を見て、狩って、届けなければならない俺らなんですから」
「うん…。そうだね」
そう、僕達の仕事は魂の運び屋。
下の世界に生きる人々は死神なんて呼んだりすることもある。
だけど、僕らに「神」なんて付けるのは大げさだ。
僕らに出来る事は少ない。名簿通りに魂を狩って、持って帰るだけだ。
そう、運び屋さんなだけなんだ。死を扱っていても『司る』のとはまったく違うのだ。
昇進できればそういう仕事に近づけるという事らしいけど、これまたあのいい加減な上の人達の話だから信用出来ない。
いくつもの死をただ見て、嫌がる魂を引きずって、上へと連れて行くだけ。
な〜んにも権限が無い一番辛い仕事。
「おい、そろそろ戻るぞ。魂の保留時間過ぎちまう」
「ん、あとどのくらい?」
「ったく。夜明けはOUTだ」
苛立ちと諦めの混濁した彼の表情にいつもありがとうという笑顔で返す。
下の世界の空がやや白くなり始めている。時間はそんなにないみたいだ。
「ねぇ。気になったんだけど」
「何が」
「僕らにも…その、死ってあるの?」
酷く突拍子な質問だったらしくちょっと固まってから彼は顎をさすりながら答える。
「死、という概念はないな。正しく言うならば消滅だな」
「消滅?」
「あぁ、綺麗サッパリ存在消去。仕事で重大なミスをしたり小さな問題でも溜め込んでしまうと消されると聞いた事がある」
「そっか…」
消滅。消えてなくなっちゃうのか…。
それを考えた途端えもいわれぬ感情がくる。
「これって…何」
「それが死だよ。人間に置き換えてみればって事だが」
「これが、死」
冷たい。酷く冷たい。胸の内を冷たいものが駆け巡り散々に体を内から冷やしていく。
それは駆け巡り…最悪な事に出て行くどころか加速して収束する。
内から発せられ体の末端まで走ったあと増幅しながら源へ。終わる事の無い恐怖のループ。
「嫌だよ…これは凄く怖い」
「……」
「僕達はいつもこれを人間に与えていたの?」
「そう、なるな。しかし、それを知ろうが知るまいがお前の仕事は変わらない」
「辛いね」
「あぁ、辛い。しかしそれをやらないと俺らは消されてしまう。少なくとも俺はその恐怖に勝てそうも無いから仕事をこなす」
「だよね……」
救われない話だよ。消えたくないから奪うんだ。
奪って奪って奪って、運んで運んで運び続ける。今日のように哀れんだり、悲しんだりするのはとても無駄なこと。
どうしたらいいんだろう。
実はさっきまで、婚約者を事故で亡くした彼女を見下ろして会話を始めたあたり位にはこの仕事を止めたくてしょうがなかったのに……
いや、今もこんな辛いことは止めたい。
死を運ぶ。もう沢山だ。
あとどれだけ見れば終わる?
せめて…誤魔化しでもいいから死に近くない場所へ置いてはくれないのだろうか?
あぁ…そうだ。死というモノを知ったら余計に強くなってるじゃないか。
もう、「死」を運ぶのは沢山だ。消えたくないけど、消したくない!矛盾でも何でもいいから…。
運び屋には…もう……。
……そういえば。
「……ねぇ」
「あん?」
「運ばれた魂って何処へ行くの?」
今まで気にもしなかった。狩る事が苦痛で運ぶ事が重荷で。
「いや、さすがにそこまでは知らないなぁ。でも、さすがに毎回あれだけの量の魂が運ばれてるんだからあそこにどれくらい存在してるかは知らねーけど、溜め込んでたらあっという間にパンクしてるよな」
「無限空間とかは?」
「ないな。そういう類は絶対に作り出せないというか存在しないんだ。空間という時点で「限りあるもの」と制限が付いてるんだからな」
「そっか仕切りが無ければ空間じゃないし、あればそれは無限じゃない」
「そういうことだ」
では、あれほどの大量の魂たちは何処へ行くのだろうか?
先程の恐怖が全て好奇心に変わったかのようにそれだけが気になる。
「あれじゃないか……下界の思想で廻る…魂がグルグルと」
あ〜、なんだっけかな、と知識を出すかのように頭をポンポンと小突く彼。
どうやってもそれじゃあ出ないと思うけど。
「輪廻転生?」
心当たりの言葉を告げると、それだ、と言って話を再開する。
「回収された魂は処理かなんかを加えられて下界に戻すんじゃないのか?そうじゃないとバランスが取れないはずだしな」
「何で?」
「下界からは俺達だけでもこれだけの量を送ってるんだぞ。取られっぱなしじゃもたないだろう」
彼の掲げた収集袋を見れば頷けることは頷けるけど…
「でも、下の世界の人口って増加し続けてるんだよね?魂足りなくならない?」
「誰もリサイクル品だけでまかなえってことじゃないだろ。紙屋と一緒だ。再生紙も扱えば上質紙も扱う、そんなところだろ」
なんだか酷く話が一般化されてしまって重みが感じられない。
「うん。それなら有り得そうな話かもしれない。魂はまた戻される。そういうことなら少しは救われるよ」
運ぶ事にも意味があるなら気持ち分楽だ。
僕の中にある罪悪感のようなものは無くなりはしないだろうし、この黒い澱みも抱えていかなければならないけど。
そこで終わりじゃない、と思えるだけでもマシなのかもしれない。
亡くなった魂は新しい形でまた送られる。
「どうした?まだ質問があるのか、もうすぐ日が見えるからあんま時間ないぞ」
僕の訝しげな表情を読み取って促してくれる。
「もしさ、僕が消えたらどうなるのかなって」
「どうなるって……消滅だからな。魂と違って回収も再生も無いだろうな」
「そっか。じゃあ、君のパートナーは?君は一人で?」
「それは無いな。原則として俺達は常に二人で行動だ。新しいパートナーがつくだろうさ」
「その人はどこから」
「俺達と同じように作られるんだろ。あの人達によって」
やっぱり。僕が消えてしまえば…つまりは
「また、こんな思いをする子が出てくるってことか」
強く握った拳が腕と合わせて明度をましてくる。朝だ。
「時間がねぇ、急ぐぞ」
太陽のそれを見て舌打ちをしながら彼が先を行く。
「りょーかい。まぁ多分遅刻するね」
「悠長なこと言ってんな!消されたいのかよっ」
苛立ちも彼らしさの一つなので腕を強く引っ張られても苦じゃなかった。
「消えたい訳無いじゃないか!さっき怖いって言ったよ。それに…」
それにこんな思いをする子は少ない方がいい。
彼の背中を見ながら余計にそう思う。
全身黒ずくめの姿に、黒い翼。
見た目だけでも幸有る物とは思えない。
もうこれ以上この姿をさせてはいけない。もうこれ以上この思いは誰にもさせたくない。
魂を狩る事に納得なんて出来ないし、しないけれども。
悲しみを与えるだけの仕事なんてしたくないけれども。
そんなことをしてまで自分の存在を保守しようとする自分がとても嫌だけれども!
こうやって論理立てて自分のしていくことを正当化しようとしている自分がたまらなく情けないけれども…
僕はこれからも人に不幸を運び続ける。
僕の仕事は運び屋だから。
「……着くまでにはそのポロポロ零してるもの拭いとけよ」
「うん…」
だからゴメンね。でも、僕が運びにくるその時まであなたは強く生きてて欲しいよ。
ベットで時刻問わず泣いていた彼女にそう伝え残す。
一瞬彼女が顔を上げた気したけど…再度見直す時間は残ってなかった。
あ〜…これは冗談じゃなく遅刻しそうだよ。
急がないと…
白み始めた空を僕達が行く。
黒いその姿で死と悲しみと……そして不幸を運ぶ為。
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